インプラントについて

院長紹介

渋谷インプラントクリニックいましろ歯科院長:今城 義一

経歴

昭和17年東京は新小岩に生まれました。

しかしすぐ父の故郷である九州の福岡県の八女に疎開しました。この八女市は八女茶で有名なところです。小学校時代をここで過ごしました。父は歯科医師でしたが、東京で開業することになり、再び上京しました。そして都立小山台高校を卒業しました。この時父の勧めもあって福岡県の小倉にある九州歯科大学に入学しました。それまで私はスポーツらしいスポーツをしたことがなかったのですが、縁あって剣道部に入りました。九州という場所柄、大変剣道がさかんだったからです。この頃は剣道の強い連中が揃っていたので、いつも全九州で上位に入っていました。そのおかげで昭和39年、昭和40年に2年連続全国大学学生剣道選手権大会に出場することが出来ました。

剣道

あこがれの武道館で早稲田大学と剣を交えることができました。

昭和43年に卒業と同時に東京の家に帰ってきました。東京ではお茶の水にある東京医科歯科大学の小児歯科教室に入局しました。当時はあたりまえではありましたが、当然のことながら無給医局員でした。

小児歯科を選んだのは、この頃、今ではとても考えられないくらい、小児の歯は虫歯だらけで、よくみそっ歯(みそっぱ)と呼ばれていました。前歯が全体的にひどい虫歯で茶色でしたので味噌を付けたようであるために、そう呼ばれていたのでしょう。

その2年後に、教授の勧めもあってアメリカ空軍病院横田デンタルクリニックに勤務しました。ここで、アメリカの歯科医学がいかに進んでいるかを実感した訳です。アメリカの歯科医師達と片言の英語で話しているうちに、アメリカに行きたくなりました。ここに1年間いた後、先立つものは金であると思い、1年間開業医に勤め、一生懸命働きました。

そして先ずは英語でしゃべらないと、と思い米国のカンザス州立大学に語学留学をしました。

いろいろ親切にしてくれるクリスチャンのアメリカ人達とアメリカのキャンパス生活をエンジョイしているうちにあっという間に1年が過ぎてしまいました。

院長治療の様子

その後帰国して、昭和48年結婚もしましたし、南青山で開業もしました。南青山で30年間歯を治療してきて感じた事は、どうしても助けられない歯が有るということと、歯を失った場合、入れ歯にしたとしても、物を普通に咬みたいという欲求を満たしてあげられないことが多かったことです。その何年か前位から、歯の無くなった所に埋める人工歯根(インプラント)に興味を持ち、時々よく説明をし、納得してもらった患者さんに埋めておりました。これが大変良くあごの骨に結合して、びくともせず、良く咬めるということが分かってきました。

この頃より、インプラントを中心とした塩路昌吾先生が会長をされている、“ OZ の会”(オズの会)というスタディー・グループに毎月出席していました。この会は今でも毎月一回参加しております。

そんな中で、私はもっとインプラントを知りたいと思い、南青山の歯科医院を閉めました。

そして“ OZ の会”で知ったニューヨーク大学の歯学部のインプラント科の研究生になりました。 NY 大学では教授、助教授の集中講義や、インプラント外科の見学、インプラントの最先端の外科テクニックの実習などを受講しました。

2年弱のコースでしたが、インプラントに取り組む心構えや意気込みは大いに参考になりました。

渋谷インプラントクリニックいましろ歯科院長:今城 義一

そして私はこの渋谷駅のすぐそば、歩いて3分の所に新たに歯科医院を開きました。そして名前も「渋谷インプラントクリニックいましろ歯科」とし、新たな出発をしたわけです。そして早いものでそれから5年が経ち、益々インプラントの症例を増やしています。

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学会認定・得意分野

学会認定・得意分野

ドイツインプラント学会G.O.I.A認定医、指導医
ドイツインプラント学会D.G.Z.I認定医
ニューヨーク大学インプラント科CDE取得

感謝状 — H.20.2.17 第4回MDIミニインプラント研究会での発表に対して

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学歴

日本歯科医師会会員之章

1962年:都立小山台高校卒業
1968年:福岡県立九州歯科大学卒業
1972年:アメリカ·カンザス州立大学留学
2005年:ニューヨーク大学インプラント科CDE卒業

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